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『むし養い』ですが。 第1回 100%安全な食べ物〜食品のリスク分析手法って? ![]()
「100%安全な食べ物」は、ない。 2007年の「新語・流行語大賞」のトップ10中に「食品偽装」が入っており、「なるほどね」と思われた方も多かったと思います。私は少しビックリし、同時に、食品の安全について日々悪戦苦闘している身として、「食品偽装」という言葉が「流行語」になるとはなんとも悲しい限りですし、一方で、「食品偽装」の背景には一過性の「流行」ではないような、根の深い様々な問題が複雑に絡み合っているように感じました。様々な問題については、回をおって書かせて頂きたいと思います。
さて、この「食品偽装」に対する街角の声に、「安全な食べ物」という言葉がしばしば登場します。テレビのコメンテーターの方々も、「やはり食の安全・安心が重要ですねぇ」等と皆さん、おっしゃる。「安心」の部分に関しては少し横に置かせていただき、今回は、「安全」にスポットを当てたいと思います。何かを食べて具合を悪くしたり、命を落とすようなことがあっては、生きていくために食べているのに元も子もありません。「安全な食べ物」とは、誰もが望むことでしょう。しかし、食品のリスク分析手法という考え方の中では、「100%安全な食べ物はない」とされています。食の安全を揺さぶる大きな社会問題となったBSEの件を契機に、平成15年に新しい法律(食品安全基本法)が制定され、日本の「食品安全行政」は、この食品のリスク分析手法を取り入れて大きく変わったのです。 あきらめているわけでは、ない。 「100%安全な食べ物はない」と言われると、本当か?と思いますし、なんだか諦めているようにも感じられます。しかし、どんな食べ物も絶対に安全といえないことは、いろいろな場面で私たちは学んでいます。例えば、塩。体に必要不可欠な食べ物ですが、当然とり過ぎは様々な疾病を誘引します。2007年1月アメリカで、トイレに行かずにどれだけたくさんの水が飲めるかを競う大会が行われ、参加者の女性が1名、「水中毒」で死亡しています。5時間の間に約8リットルの水を飲んだその女性は、水分過剰摂取による低ナトリウム血症となったそうです。水を飲まなければ人は生きていけませんが、それも過剰に摂取すれば、死に至ることがあるのです。また、分析技術が発達し、これまで検出できなかったような極微量の物質も測定できるようになり、ゼロだと思っていたものでも、「有害な作用を及ぼす物質が全く入っていない」とは言い切れなくなっています。 では、塩も水も摂り過ぎれば体に悪影響を及ぼすのであれば、どうしたらいいのか。微量な有害物質が含まれていたら、どうしたらいいのか。そこで、「リスク」という考え方が必要になってきたのです。リスクとは、健康に悪影響を及ぼすものは何か、その悪影響とはどのような程度なのか、どのくらいの頻度で悪影響を引き起こすのかを掛け合わせたものです。そして、「リスク分析手法」とは、リスクを科学的に評価し、それを基に、様々な社会的な要因を考慮し、規制等を決めるという考え方です。つまり、これが安全、これは危険と決めるのではなく、どのくらいまでならどんな影響が出るのか、出ないのか、いわば許容範囲を決めることが、「リスク分析手法」の重要な部分です。100%安全な食べ物はないと諦めているのではなく、絶対に安全といえる食べ物がないのならば、できるだけ安全な食べ物にしていこうと努力することです。 今回の、むし養い 最後に、このコラムのタイトルについて。先日京都に参りました。その時に、京都の方から「むし養い」という言葉を教えていただきました。虫のおなかをみたす程度のほんの少しの軽い食事、もしくは腹の虫をみたす程度の軽い食事という意味だそうです。この言葉を聞いて、京都独特のいい意味での「見栄の張り方」を感じさせられましたし、茶目っ気のある表現もおもしろいなと思いました。私のコラムも、ほんの少しでも読んでくださる方のお腹を満たせていけたらと思い、タイトルに使わせていただきました。京都の高雄を散策したときに、道すがら、普通のお宅の軒先で焼き栗と焼き銀杏が売られていました。ひんやりとした山の空気の中、香ばしい香りに誘われ、ついつい買ってしまいました。焼きたての栗はほくほくとして、やさしい甘さですし、熱々の焼き銀杏は、むちむちとした食感とほろにがさで、ビールが欲しくなりました。まさに、おいしい「むし養い」でした。京都の山道を歩かれるときは、ぜひ、どうぞ。
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