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シネマの食卓から 。 食卓のシーンが語ること ![]()
実は昨年、私ごとですが、結婚しました。仕事に夢中でプライベートはつい後回し、なかなか結婚に行く様子がない娘を心配していた父と母。30歳を過ぎてやっとできた、結婚報告に、2人はもちろん大喜びしました。ところが、結婚式の当日、父は私とずっと目を合わせようとしません。最後の"花嫁の手紙"を読み始めると、母の横でうつむいていた父の目から涙がぽたりぽたり……。そのとき、私はやっと父の気持ちに気がついたのです。
映画好きな私は雑誌『栄養と料理』の中で、映画に登場する食をテーマにした企画を10年来続けてきました。その中でベスト3を選ぶとしたら、絶対に入れたいというシーンがあります。それは、世界的に有名な小津安二郎監督の『晩春』(1949年/昭和24年)のラストシーン。 ― 婚期の遅れた娘の行く末を心配した父親(笠智衆)は、なんとか娘をその気にさせて縁談をまとめるために"自分は再婚するつもりがある"と嘘をつく。そして無事、娘の結婚式を終え、家に帰ると、家はしんと静まりかえっていた。父は不器用にりんごの皮をむき始めるが、やがてその手が止まり、うなだれる ― 小津映画は、20代、30代のかたには、あまりなじみのないものだと思いますが、食に興味のあるかたに、ぜひおすすめしたい作品です。というのも、家族のドラマを描き続けた小津安二郎監督の作品には、食卓のシーンが実に多く、特徴的なローアングルで撮られたそれらのシーンは、食卓が、私たちの日々の生活の中で以下に大きな役割を果たしているかを、しみじみと伝えてくれるからです。 『晩春』でもさまざまな食卓が登場します。父と娘が小さなちゃぶ台を囲んで過ごす夕食。家に遊びに来た女友達と娘が過ごすティータイム。居酒屋のカウンターでの語らい……。食卓は単に体に必要な栄養素を補給するだけでなく、人と人が向き合って心をふれあわせる場でもあるのだと、改めて気づかせてくれます。そんな温かな食卓が出てきた後だからこそ、ラストにひとりりんごの皮をむくシーンが、父の途方もない寂しさを表し、観客の胸に迫ってくるのです。 さて、『晩春』を見られたら、もう一つおすすめしたいのが、同じく小津安二郎監督の『秋刀魚の味』(1962年/昭和37年)です。婚期が遅れた娘の結婚をまとめようとする父親のせつなさを描くという、『晩春』と同じストーリーなのですが、描かれる時代背景の変化に驚きます。印象的なのが、外食のシーンが増えたこと。友人がいつも集まる料理屋、中学時代の恩師が商うラーメン屋、街に溢れるバーのネオン……。戦後の目覚ましい復興振りと同時に、急速な生活の洋風化の一端を見ることができます。今話題の『ALWAYS 三丁目の夕日』は昭和33年(続編は昭和34年)ですから、この2つの作品は、ちょうどその前後にあたります。 『秋刀魚の味』のラストも娘の結婚式の後の父親の姿が描かれますが、寂しさを癒すために彼がむかうのは、なじみのマダムがいる"トリスバー"。そして水割りではなく、ストレートでウイスキーを注文します。いつもと違う雰囲気に「今日は葬式の帰り?」と尋ねるマダムに、彼は「そんなもんだよ」と答えるのでした。 ちなみに、トリスバーは昭和30年前後に生まれ、サラリーマンや大学生に大人気だった庶民的なバー。同じ結婚式の後の父の寂しさを表現するシーンでも、時代によって描かれる食卓は異なってくるのです。もし現代だったら、小津安二郎は、どんなラストシーンを描いていたでしょうか。 優れた映画には、食卓ひとつにも制作者の思いがこめられており、じっくり見つめると、食が持つ豊かな力や広い意味を、改めて私たちに教えてくれるとがあります。これから6回、そのようなことを綴ってみたいと思います。 ところで、私も新婚旅行の後、夫と2人で実家に挨拶に行き、両親と食卓を囲みました。父は少し照れくさそうでした。『晩春』を思いだした私は、あの結婚式の後、父はどんな食卓を過ごしたのか尋ねてみたい思いにかられましたが、何だか触れてはいけないことのような気がして、聞けませんでした。
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